このたび、研究論文が国際学術雑誌 BMC Public Health に掲載されました。論文はオープンアクセスなのでどなたでも読むことができますが、英語なので、日本の方向けに、ここで概要を説明いたします。
Kanamori M., Hanazato M., Kondo K., Stickley A., Kondo N. (2021). Neighborhood farm density, types of agriculture, and depressive symptoms among older farmers: a cross-sectional study. BMC Public Health, 21: 440. https://doi.org/10.1186/s12889-021-10469-6
農業経験の長い人は、周囲に農家が少ないと
1.1~1.4倍うつになりやすい
地理的な距離に依存しない同業者同士のつながりなどが必要か
世界的に農家はうつのリスクが高いことが報告されていますが、どのような地域環境が関係しているのか調べた研究はほとんどありませんでした。このたび私たちは、住んでいる小学校区の農家密度によって、高齢者のうつの傾向が異なるか検討しました。その結果、農業経験の長い方の中で、人口当たり農家数が少ない地域にお住まいの方では、1.05倍~1.42倍うつが多いことがわかりました。その一方で、周囲に農家が多くある地域では、うつは少ない傾向にありました。この傾向は男女ともに、農業の種類(酪農畜産または農作物)に関わらず見られました。地域に農家が少なくなると、つながりや活動が少なくなってしまったり、サポートのための制度の維持が難しくなったりといった背景が関係している可能性があります。農業を続けやすい環境づくりや、従来の地域の枠にとらわれず、農家同士がつながりをもてるしくみが大切であることが示唆されました。
背景
様々な国から、農家はうつや自殺などのリスクが高いことが報告されています。その背景には、国際競争の激化や農場数の減少、気候変動などの国際的な課題があると考えられています。日本では、農業者人口は減少・高齢化傾向にあり、長く農業に従事してきた方は、ご近所の友人や仲間との別れを多く経験してきたかもしれません。地域のつながりや助け合いの機会が減ることによって、農家の健康に悪影響があった可能性があります。しかし、このような農業の構造的な側面に着目して、精神的健康への影響を調べた研究はありませんでした。そこで私たちは、地域の農家の多さ(農家密度)ごとに、農家のうつ症状の多さを比較しました。
対象と方法
日本老年学的評価研究の2016年度調査に参加した、全国39市町村在住の65歳以上の高齢者147,549名を対象としました。政府の農業統計データを連結し、小学校区ごとに、農業経営体の数を人口で割った農家密度を算出しました。「あなたのこれまでの仕事の中で、最も長くつとめた職種はなんですか。」という質問に対し、「農林漁業職」と答えた人を、農業経験の長い人(5,378名)としました。地域の気象条件(日照時間・降水量・平均傾斜角度)や人口密度、個人の年齢、教育歴、世帯の所得、婚姻状況、独居であるかどうか、在住する地域の影響を調節しました。市町村、小学校区、個人ごとの回答のばらつきを考慮したマルチレベル分析を行いました。
結果
農業経験の長い人はそうでない人より、うつが全体的にやや多い傾向にありました(農業経験の長い人では19.1%、そうでない人は16.7%)。住んでいる小学校区の農家密度ごとにうつ症状のある確率の推計値を算出すると、農業経験の長い人のうち、農家密度が低い地域に住んでいる人ではうつが多い傾向にありました。その関連は農業の種類にかかわらず、男女ともに見られました。最も農家密度が高い地域に住む人のうつの割合(19%)に対し、酪農畜産農家密度が低い地域に住む男性では1.16倍(22%)、女性では1.05倍(20%)、農作物農家密度が最も低い地域に住む男性では1.32倍(25%)、女性では1.42倍(27%)でした。
結論
地域の農家密度が、農業経験の長い人のメンタルヘルスに影響を与える可能性が示唆されました。地域に農家が少ないことによって、農家共通の話題について相談する機会が少なくなったり、お祭りやイベントなど地域活動が少なくなってしまうことが、高いうつリスクに関係している可能性があります。また、様々なサポートの制度維持が難しくなることも考えられます。規模にかかわらず農業を続けやすい環境づくりや、従来の地域の枠にとらわれず、農家同士がつながりをもてるしくみが、農家のこころの健康にとって大切であることが示唆されました。
本研究の意義
農業分野の構造的な側面が精神的健康に及ぼす影響を評価した、世界に先駆けた研究です。農業政策や地域づくりにおいて、農畜産物の生産量だけでなく、農家密度という視点の重要性を示しました。
謝辞
本研究は、公益財団法人医療科学研究所、JSPS科研、厚生労働科学研究費補助金、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)、国立研究開発法人国立長寿医療研究センター長寿医療研究開発費などの助成を受けて実施しました。記して深謝します。
本研究は日本老年学的評価研究(JAGES)のデータを利用しました。JAGESに関わる全ての方に感謝いたします。JAGESのホームページはこちら:https://www.jages.net/
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