【論文出版】酪農・畜産産出額が高い地域で高い自殺率

Suicide and Types of Agriculture 論文

このたび、研究論文がアメリカの自殺学会の学術雑誌 Suicide and Life-Threatening Behavior に掲載されました。論文はオープンアクセスなのでどなたでも読むことができますが、英語なので、日本の方向けに、ここで概要を説明いたします。

Kanamori M., Kondo N. (2020). Suicide and Types of Agriculture: A Time-Series Analysis in Japan. Suicide Life Threat Behav., 50: 122–137. https://doi.org/10.1111/sltb.12559

本論文は、掲載誌においてダウンロード数を表彰されました(Top Downloaded Paper 2018-2019、詳細はこちら)。さらに、引用数を表彰されました(Top Cited Article 2020-2021、詳細はこちら


酪農・畜産産出額が高い地域で高い自殺率
過去25年間、一貫した傾向
過重労働や支援不足の関与など原因解明が必要

 農村は都会より自殺率が高いことが世界各国から報告されていますが、農業の種類による違いは報告されていませんでした。このたび、政府公表のデータを用いて酪農・畜産が盛んな市町村と農作物生産が盛んな市町村の自殺率を比較しました。その結果、酪農・畜産産出額が高い地域では低い地域より自殺率が高かったことが明らかになりました。この傾向は男女どちらにも見られ過去25年間にわたって変わりませんでした。地域の歴史や文化、働き方などの特性は、その地域で盛んな農業の種類によって異なります。酪農・畜産が盛んな地域では、助けを求めるのが難しかったり、心身に負担の多い働き方をしている人が多い可能性があります。さらなる調査を行って原因の解明に努めるとともに、自殺予防対策を進めていく必要があることが示唆されました。

背景

農村は都会より自殺率が高いことが世界各国から報告されています。しかし、農村のどのような地域環境が自殺率に関係しているのかを検証した研究は限られています。稲作、野菜、酪農や畜産など、地域で盛んな農業の種類によって、作業内容や働き方、歴史など多くの違いがあります。高度経済成長期以降、食生活の欧米化や生産技術の発展、農産物市場のグローバル化等に伴い日本の農業の情勢が大きく変化してきましたが、生産地の人々の健康に対する影響は農業の種類によって異なっていたと考えられます。そこで私たちは、地域でどのような農業が盛んか、ということに着目し、日本の市町村別の自殺率との関連を分析しました。

対象と方法

【解析対象】
日本の全国の市町村のなかから、農林水産省による「農業地域類型区分」に基づいて、耕地率等から判断して農業的特性が強いと考えられる404市町村を選定して解析を行いました。

【方法】 以下のデータを用い、時系列データの階層構造を考慮したマルチレベル分析を行いました。

  • 自殺予防総合対策センターが作成した、市町村ごとの年齢構成の違いを調整した「自殺の標準化死亡比」のデータ。1983年から2007年の過去25年間分を用いました。
  • 農林水産省の生産農業所得統計の農業部門別農業産出額のデータを、「酪農畜産」または「農作物」に分け、市町村の人口で割った「単位人口当たり酪農畜産産出額」「単位人口当たり農作物産出額」を分析に用いました。自殺率と同期間のデータを用いました。
  • 各市町村の人口密度、高齢者割合、各年度の影響を調整しました。

結果

「単位人口当たり酪農畜産産出額」が高い市町村では、男女ともに、自殺率が統計学的に有意に高かったことがわかりました。図中の係数は、各産出額が「低い」市町村に比べて、自殺の標準化死亡比が何ポイント高いかを示しています。また、男性より女性においてより強い相関関係が見られました。農作物産出額では統計学的に有意な関係は見られませんでした。

実際は単位人口当たり酪農畜産産出額または農作物生産産出額が「高い」「やや高い」「やや低い」「低い」の4段階に分けて分析しました。ここでは見やすいように「高い」「低い」のみを示しています。

また、分析した1983年から2007年の期間中、酪農畜産産出額が高い地域では、男女ともに常に自殺率が高かったことがわかりました。農作物産出額が高い地域では、そのような傾向は見られませんでした。

結論と本研究の意義

酪農畜産が盛んであることが地域の自殺率に関係する可能性が示されました。酪農・畜産が盛んな地域では、酪農家や畜産農家はもちろん、他の職業の人でも、助けを求めるのが難しかったり、心身に負担の多い働き方をしている人が多い可能性があります。さらなる調査を行って原因の解明に努めるとともに、自殺予防対策を進めていく必要性があることが示唆されました。

お問い合わせ先:東京大学大学院医学系研究科 健康教育・社会学分野 近藤尚己 naoki-kondo [a] umin.ac.jp

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