このたび、研究論文が国際学術雑誌 International Psychogeriatrics に掲載されました。老年学・心理学分野のトップジャーナルです。論文はオープンアクセスなのでどなたでも読むことができます。
Kanamori M., Stickley A., Takemura K., Kobayashi Y., Oka M., Ojima T., Kondo K., Kondo N. (2023). Community gender norms, mental health and suicide ideation and attempts among older Japanese adults: a cross-sectional study. International Psychogeriatrics, 1-11. https://doi.org/10.1017/S104161022300087X
地域のジェンダー規範が保守的と感じる人は、
うつ症状・自殺念慮・自殺未遂歴が約2倍多い
「男のくせに、●●してはいけない」「女なんだから、●●しなさい」
男女を区別する雰囲気の中で、助けを求めたくても、求められない可能性
このたび私たちは、「男/女のくせに、●●してはいけない/しなさい」といった、地域のジェンダー規範の認知が高齢者のメンタルヘルスにどのような影響を及ぼすか検討しました。高齢者25,937名の一時点のデータを分析しました。その結果、住んでいる地域のジェンダー規範が保守的だと感じている男性では、1.9倍うつ症状を抱く人が多く、2.0倍自殺念慮(死にたい気持ち)を抱いており、2.2倍自殺未遂歴がありました。女性でも同様に、うつ症状が1.8倍、自殺念慮が2.1倍、自殺未遂歴が2.6倍多い結果でした。さらに、「外で働くのは男性の役割」「家を守るのは女性の役割」といった性役割にこだわる考えを持っていない人ほど、地域の保守的なジェンダー規範とメンタルヘルスの悪化が顕著に関連していました。地域社会において、男らしさや女らしさの多様性を認めない雰囲気を感じている人は、困ったときに助けを求めたくても求められず、その結果メンタルヘルスに悪影響を及ぼしている可能性があります。
背景
「男性は強くあるべき、泣いてはいけない」などといった男性性規範に従うことが、男性の自殺やうつ病のリスクになることが世界各国の研究から報告されています。しかし、地域の人々の男女を区別する言葉遣い(「男/女は●●すべき/すべきでない」)等からうかがえる「地域のジェンダー規範」が、男性や女性のメンタルヘルスにどのような影響を与えるかどうか、ほとんど注目されていませんでした。もし、地域の人々が男らしさや女らしさの多様性を認めない厳格な規範を持っていると感じたら、そのような規範から外れた行動は周囲には受け入れられないと考え、助けを求めたくても求められないかもしれません。また一般に、先行研究はより若い世代に注目したものが多く、高齢者のメンタルヘルスにおけるジェンダー規範の影響はほとんど調べられていません。
そこで私たちは、地域のジェンダー規範が、高齢者のうつ症状、自殺念慮(死にたい気持ち)、自殺未遂歴、および助けを求める際の心理的抵抗(誰かに相談したり助けを求めたりすることを恥ずかしく思うこと)とどのように関連しているかを調べました。
対象と方法
日本老年学的評価研究2019年度調査に参加した、全国61市町村在住の65歳以上の高齢者25,937名のデータを分析しました。「あなたの住んでいる地域の人は、『男のくせに、●●してはいけない』『女なんだから、●●しなさい』といった、男女を区別する言葉をよく使っていると思いますか。」という質問に対し、「そう思う」「どちらかといえばそう思う」と答えた人を、地域のジェンダー規範が保守的だと思っている(1371-1640名※)と評価しました。また、「母親が仕事をもつと、小学校へ上がる前の子どもによくない影響を与える」「家の外で働くのは主に男性の役割だ」「子育てや家庭を守るのは主に女性の役割だ」という3つの質問に対する回答を用いて、男女の役割意識が保守的なグループとそうでないグループの2群に分けました。年齢、婚姻状況、居住市町村、教育歴、世帯の所得を調整した、回帰分析※※を行いました。
結果
地域のジェンダー規範を保守的だと思っている人はそうでない人より、男女ともに、うつ・自殺念慮・自殺未遂歴のある人が多く、助けを求める際の心理的抵抗が高い傾向がありました。同様の傾向が、保守的な男女の役割意識が強いグループにおいても見られました(下図:クロス集計)。
回答者自身の性役割態度等の要因を調整した分析では、住んでいる地域のジェンダー規範が保守的だと感じている男性では、1.9倍うつ症状を抱く人が多く、2.0倍自殺念慮を抱いており、2.2倍自殺未遂歴がありました。女性でも同様に、うつ症状が1.8倍、自殺念慮が2.1倍、自殺未遂歴が2.6倍多い結果でした。また男女ともに、助けを求める際に心理的抵抗のある人が1.4倍多い傾向がありました。さらに、男女の役割意識が強くない人では、地域の保守的なジェンダー規範とメンタルヘルスの悪化が顕著に関連していました(男性の自殺念慮では統計学的に有意:p=0.046)。
結論
地域の保守的なジェンダー規範の認知が、高齢者のメンタルヘルスに悪影響を与える可能性が示唆されました。
「男/女は●●すべき/すべきでない」といった男女を区別する言葉遣いは、話し手に悪気があるとは限らず、また自分に向けて発せられるものではないかもしれません。しかし、周囲の人々が保守的な考え方であると感じることにより、「たとえ助けを求めても、周囲から受け入れられないかもしれない」などと、様々な形で自分自身の選択肢を狭めている可能性があります。特に日本の高齢者の中には、人生の中で大きくジェンダーに対する考え方が変化してきた方もいます。周囲からずれることを恐れて、友人や隣人に自分の思いを隠してきたかもしれず、そのような葛藤がメンタルヘルスの悪化につながる可能性があります。
本研究の意義
ジェンダー規範が自殺やメンタルヘルスに与える影響について、新たなメカニズムの可能性を示唆した世界初の研究です。男女ともに、自分自身が保守的な性役割態度であるかどうかにかかわらず、住んでいる地域の人が保守的なジェンダー規範を持っていると感じるだけで、メンタルヘルスに悪い影響がある可能性が示唆されました。さらなる研究が必要であるとともに、ジェンダー平等の改善など、広範に影響を与える公衆衛生アプローチがメンタルヘルス対策においても有効である可能性が示唆されました。
謝辞
本研究は、JSPS科研、厚生労働科学研究費補助金、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)、国立研究開発法人国立長寿医療研究センター長寿医療研究開発費などの助成を受けて実施しました。記して深謝します。
本研究は日本老年学的評価研究(JAGES)のデータを利用しました。JAGESに関わる全ての方に感謝いたします。JAGESのホームページはこちら:https://www.jages.net/
※本研究で使用したアウトカム(うつ症状、自殺念慮、自殺未遂歴、助けを求める際の心理的抵抗)ごとに、分析者数が多少異なるため、幅のある数字をお示ししています。
※※回帰分析・・・結果となる変数(メンタルヘルス)とそれに影響すると考えられる変数(ジェンダー規範)の関係性を調べる統計的な手法です。ジェンダー規範がメンタルヘルスに影響するかどうかを調べたいときに、両者の関連の強さを歪めてしまう可能性のある、他の要因の影響(年齢など)を調整することができます。
なお、2023年12月に、本研究に対するCommentary(解説記事)が出版されました。
Lutz J, Beaudreau SA, Rosenfeld EA. Identifying the influences of aging, generations, and cohorts on gender norms and suicide risk in late life. International Psychogeriatrics. Published online 2023:1-6. https://doi.org/10.1017/S1041610223004441
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